三重苦ゴルファーの日記

69歳になった飛ばない・寄らない・入らないの三重苦を持つシニアゴルファーの日記です。

今日は大雨?

 今日18日木曜日は、当初は私が参加している熊本のネットゴルフサークル「KDG」の月例が開催される日でしたが、大雨予報のため昨日のうちに中止が決定しています。
 ただ天気予報は現在のところ外れていて、熊本地方は小雨が時々は降っていますが、予報のような大雨にはまだなっていません。


 今日の月例開催予定地は「くまもと阿蘇カントリークラブ湯の谷コース」(通称「湯の谷」)というゴルフ場でしたが、今日はこのゴルフ場についての思い出を書いてみます。


(くまもと阿蘇CCのリニューアルされたHPから。「再生始動」という文字があるのは、熊本地震で4年間休場していたためです)


 以前は「熊本ゴルフ倶楽部」といっていたものが経営母体の変更で「くまもと阿蘇CC」に変わっていますが、県内のゴルファーにとっては「湯の谷」という通称のほうが一般的です。
 「湯の谷」の特徴は、熊本県内で最初に作られたゴルフ場ということで、昭和27年の開場という今年で68年を迎えることになり、ある程度の年齢以上のゴルファーにとっては私を含め、その歴史に敬意を払うようなコースになります。


 私が最後にラウンドしたのは、経営母体が変わってクラブハウスなどがリニューアルされた熊本地震前ですが、それ以前にも何度もラウンドしていて、私のコースデビューがこの「湯の谷」だったのです。


 それは今から26年前で、まだゴルフは打ちっ放し練習場にラウンド前に数回だけ行っただけという全くの素人でしたが、職場のコンペに誘われて参加したものでした。
 職場の上司からもらったハーフセットを持って行きましたが、ドライバーは「ウッド」の名称そのままにまさしくヘッドが「木製」で、アイアンもシャフトが固くヘッドももちろんマッスルバック?という代物でした。


 当然、ドライバーは練習していないので使えず、アイアンで全てのティーショットを行いましたが、悪戦苦闘をし、スコアは自分では分からず同伴者のシングルさんからホールごとに教えてもらいながら付けたものですが、記録上は「127」というスコアになっています。


 ほとんどラウンド内容の記憶はありませんが、「湯の谷」の名物ホールであるアウト3番のパー5(通称「馬の背」)のティーショットが真っすぐナイスショットになり、後続に更新されるまでドラコン候補になったことと、最終18番パー5のグリーンで10mほどのロングパットが決まったことが今でも鮮明に記憶しているところです。


 「湯の谷」は、阿蘇登山道の途中にある県内でももっとも標高が高い位置にあるゴルフ場ですが、戦前に進駐軍が簡易コースとして利用していた原野を機械を使わずに人力で9ホールを整備して開場したという歴史があり、その後に巨匠「井上誠一」氏の監修のもと、18ホールに増設されたコースになります。


 そのためアップダウンがあり、フェアウェーも平らな場所がほとんどないという山岳コースになります。

(くまもと阿蘇CCのHPから。当時は馬で引いて芝刈りをしていたようです)


 先ほども書きましたが、名物ホールは3番パー5で、通称「馬の背」と呼ばれていたほどティーイングエリアからは左右が急激に落ちている景色が見え、プレッシャーをかけられていました。
 しかし、残念ながら4年前の熊本地震で「湯の谷」コースは多大の被害に遭い、この「馬の背」もコース内に大きな陥没が出来てしまい、現在の3番は「馬の背」グリーンのパー3に変わってしまったようです。


 そのリニューアルされたコースで再びラウンドすることを楽しみにしていましたが、あいにく大雨予報になり、「KDG」の専用LINE掲示板でどうするか意見徴収が行われ、1人を除いて中止意見が大勢を占めたのです。
 私も当然中止に1票を入れましたが、ラウンドしたいという意見はアスリートゴルファーだけで、仕事休みなので雨でもラウンドしたいというものでした。


 アスリートゴルファーで思い出したのが、この「湯の谷」での辛い思い出です。17年ほど前は各種大会に出場していましたが、九州ゴルフ連盟の「HDCP選手権」というハンディー競技の県予選の会場が「湯の谷」だったのです。
 当時のオフィシャルハンディーは「9」であり、予選カットラインはネット74に結果的になりました。


 私は最終18番パー5でグリーン奥に乗せてしまい、ファーストパットはカップを1m過ぎ、上りの1mのパットを決めればグロススコア82で予選通過を結果的にできていたのです。
 しかし、このパットを左に外し、グロススコア83になりネットスコアも74になってしまいます。
 まだ後続組がいたので、クラブハウスで結果が出るまで待ちましたが、予選通過者10人の残り枠が1組毎に減っていき、最終的にはネット74の5人の中でのマッチングスコア方式になってしまいます。


 マッチングは、最終ホールのスコアが影響して5人中2人の通過者に入れず、2年連続の九州大会出場を逃して涙を飲みました。
 あの1mのパットを決めていれば問題なく予選通過できたのにという思いが強く、1mのパットの重要性に改めて気づかされますが、結局そのことでショートパットが打てなくなった原因にもなりました。


 そんないろんな思い出がある「湯の谷」ですが、次にラウンドできる機会は今のところなく、1人予約もやっていないのでいつになるか分からないのです。
 お昼を過ぎ、暗くなってきました。この後は大雨になるのでしょうか?


 今日は「湯の谷」の思い出について、思いつくままに書いてみました。