三重苦ゴルファーの日記

69歳になった飛ばない・寄らない・入らないの三重苦を持つシニアゴルファーの日記です。

懐かしい場所へ

 今日は土曜日ですが、当初は何も予定がなく、我が家に宿泊している山形の姉に「どこか行きたい場所はない?」と尋ねたら、阿蘇の伯父・伯母の家に行ってみたいと希望が出て、急遽11時頃から出かけてきました。


 母の実兄になる伯父はかなり以前に亡くなっていますが、その連れ合いの伯母は私が北海道に行っていた今年の6月に99歳で大往生していて、その家自体はかなり以前から空き家になっていました。
 この家には以前は私や姉と同世代の従兄・従姉たちがいて、私が小学生の頃には夏休みになると遊びに行っていた思い出の家だったのです。


 姉も同様に夏休みに私たちと遊びに行っていたことを覚えていて、長男になる従兄に実家に行く機会があれば一緒に乗せて行ってと頼んだようですが、すでに初盆も終わっていたので行く機会はないとの返事で、姉は伯母の葬儀などにも出席できていなかったのでお墓参りをしたいと思っていたものの、行くことが叶わず心残りだったのでした。


 阿蘇とは言っても私がよく行く阿蘇ハイランドなどとは違い、阿蘇外輪山の外側で大分県と宮崎県の県境地帯になり、私も車を運転して何度か行ったものの当時は兄や母を同乗させての運転で、私自身は詳しい道順は分かっていませんでした。
 そのため、子ども心に記憶していたバスの道順で行くことにし、途中の高森町まではそれなりに知っている道でしたが、高森以降は記憶をたどり寄せながらの運転になりました。

(南阿蘇鉄道には熊本市出身の尾田栄一郎氏の作品であるワンピースのキャラクターが描かれているラッピング車が走っていました)

 南阿蘇村の俵山トンネルを抜けてまず高森町に着き、新しくなった高森駅で震災後に運休になって最近再開された南阿蘇鉄道の列車を見学し、高森高校の正門横にあった亡き伯母の姉妹の家があった場所にも行ってみました。


 ここにも姉と同級生になる従兄がいたり私と同年代の従弟がいたので、何度は遊びに行ったことがあり、私は1回だけですが泊まった記憶もある家です。
 現在は人手に渡り、喫茶店のようなお店になっていましたが、当時は雑貨屋のような店を営んでいた記憶があります。


 その後は高森峠を通って目的の尾下地区を目指しましたが、道路が改良されてどこを走っているのか分からなくなり、気づいたら宮崎県の高千穂町に入っていて、車のナビに設定して案内させようとしましたが、字名を入れようとしてもナビの候補に文字が無く設定できませんでした。


 そのためiPhoneのナビ機能を使うと、曲がるべき箇所を通り過ぎて10㎞以上も進んだことが分かり、子どもの頃にバスに乗っていた時間より今の時間で走る距離のほうがずっと短くてよいことが分かります。


 iPhoneのナビではかなり山中を案内され、内心では不安でしたがナビの到着を知らせる声を聴くころに記憶に残っているバス停の建物が見えてきて、私の記憶する道路とは逆から目的地にやってきたことが分かります。

(管理する従姉も県北にいるため、無人の実家はほとんど手入れが出来ないようです)


 生前の伯父・伯母が住んでいた家は、無人になってかなり年数も経ち、周囲は雑草に覆われていましたが、確かに子ども心に記憶のある建物とその入り口でした。
 姉も「小さい頃はもっと大きな通路だと思っていたけどこんなに狭かったんだ」と感慨深けで、誰もいない家を外から回って眺めていました。

(家に通じる取り付け道もコケで滑りやすくなっていて、Uターンが大変でした)

(こちらは私が小学生の頃に遊んだ牛小屋ですが、既に朽ち果てようとしています)

(伯父ちゃんと伯母ちゃんが入ったお墓は、周囲が最近除草した跡があり、従弟たちが初盆でやって来て清掃したのでしょう)


 その後、家の入り口近くにあったお墓にお参りし、姉も「伯父ちゃん伯母ちゃんにお礼が言えて、これで心残りはなくなった」と言っていたのでわざわざ連れて行ってよかったと思いました。


 帰りはやまなみゴルフ倶楽部の横の道路を使ってミルクロードに出ましたが、15時を過ぎてお腹が空いたため阿蘇カルデラ内に降りて、阿蘇ハイランドの施設内にあるレストランに行くことにして車を停めて入りましたが、既にレストランは営業自体をやっておらず、テークアウトの弁当などを提供しているだけのようで、その弁当さえも15時までで終了したと言われ、ここでは遅い昼食を諦めました。


 そのため、ハイランドから直ぐの帰る途中にある日本食レストランに行きましたが、ここも閉まっていたし、もう少し先の古くからある阿蘇高菜ご飯の店もすでに営業を終えていて、阿蘇の飲食店の営業時間の短さに驚いてしまいます。


 結局、遅い昼食は諦めて、合志市にある芋天が名物の「揚げたてや」というテイクアウトの店に行き、芋天を1人1個を紙袋に入れてもらい、帰る車内で小腹を満たすことにしてしまいます。


 結局、自宅に帰り着いたのが17時過ぎで、約6時間のドライブでしたが、私も久しぶりに伯父伯母の家に行き、お墓参りができたのでその意味では充実した日になりました。