三重苦ゴルファーの日記

71歳になった飛ばない・寄らない・入らないの三重苦を持つシニアゴルファーの日記です。

思い出の曲を聴く

ゆうぽん

 今日の熊本は昨日とは一転して冷たい雨の一日になりました。明日は当初は阿蘇ハイランドの早朝枠を予約してありましたが、まだ右肩の具合が悪く予約者の「アプローチの達人」にlineして、明日のラウンドはキャンセルをお願いしています。

(雨に煙って金峰山の頂上にあるテレビ塔が見えません)


 さて、そんな雨の一日なので今日は音楽を聴いて過ごすことにしました。実は昨晩は3時半まで寝付けず、トイレに起きた際に鼻をほじくったら鼻血が出始め、以前は出血が止まらなくなって耳鼻科へ駆け込んだことがあり、同じ側の出血だったのでベッドへ横になって寝具を血で汚すのも嫌だったので、そのまま起きて鼻の穴にティッシュを詰めパソコンを触っていました。
 その際に、ヘッドホンでボリュームを上げて聞いた音が心地よく、昼間もヘッドホンで音楽視聴しようと思ったのです。


 この数年は音楽そのものを聞く習慣はありませんでしたが、若い頃は借金をしてオーディオ機器を買い集めたということがあり、初任校は定時制だったので午前中は誰もいない職員住宅でオーディオを大音量で鳴らしていた記憶があります。


 ヤマハのプリアンプに左右別々のパワーアンプを繋ぎJBLのスピーカーを鳴らしていましたが、人里離れた場所にあったと言え、住宅内には奥さんと一緒に赴任した職員もいたことだろうから傍迷惑だったことでしょう。


 今年10月からAmazonプライムに再加入しているので、前回は利用しなかったAmazon musicをよく聴くようになりました。
 最近は物忘れが酷く、昔聞いていた(歌っていた)曲があったけど題名などが全く思い出せず、歌詞や歌い手の朧げな記憶を辿りながらネットで検索し、分かったその曲を中心にヘッドフォンで聞きました。


 今日はそれらを紹介して、併せて思い出なども書いてみます。(カッコ内は発売時期)


「もっと強く抱きしめたなら」WANDS(1992年7月)
 当時組合に加入していて、九州ブロックの大会に参加し、夜の懇親会でこの曲を謳ったら翌日に配布された大会速報かわら版でその様子が紹介されてしまい、恥ずかしかった記憶があります。


「冬のファンタジー」カズン(1995年10月)
「春を愛する人」GLAY  アルバム「BELOVED(1996年11月)」の中の1曲
「Hallelujah in the snow」MOON  CHILD(1997年10月)
「BURN」イエローモンキー(1997年7月)
「snow drop」L'Arc~en~Ciel (1998年10月) 


 90年代後半の頃は、パチンコに嵌っていて換金するには物足りない出玉量の場合は音楽CDと交換していたため、好き嫌いではなく適当に棚に並べてあるものと交換していたのでジャンルは演歌から洋楽まで幅広く聞いていました。
 上に並べたのは、記憶の底から引っ張り出したものですが、カラオケでも歌っていた曲たちです。


 この後にしばらく音楽はほとんど聴かなくなり、カラオケで歌わなければいけない場合はイエモンのBURNだけを謳って誤魔化していました。
 その後に知り合いからケツメイシや加藤ミリヤの曲を教えてもらい、車の中で聴くようになりました。


「バラード」ケツメイシ 2011年1月 アルバム「ケツの嵐」の中の1曲


 ケツメイシのベストアルバムは春ベストから夏・秋・冬と車内オーディオのSDカードに録音していますが、私はバラードが入る「秋ベスト」がお気に入りでした。


 私は2015年3月に市内の高校を定年退職しましたが、当時は3月27日に転退任式があり退職者として1番最初に生徒の前で挨拶をしました。


 転退任式時は3年生はすでに卒業していませんが、その高校は伝統として卒業生はスーツを着て退任式に出席するため、在校生720人に卒業生の一部200人ほど、それに教職員70人の前でケツメイシの楽曲の歌詞の一節を引用して話した思い出があります。


(退任式に来てくれたソフトボール部の卒業生との記念撮影。男子も女子マネも卒業生は全員スーツを着て出席してくれました)


 この高校は進学校で受験勉強用に3年次は早朝課外から夕課外までびっしり埋まっていて、併せて卒業生はこれから新しい環境に旅立つことから「君が乗り越えた壁はいつか君を守る盾となって君をそばでいつまでも支えるだろう」という「ライフ イズ ビューティフル」の歌詞の一部を紹介し、「頑張ったことは無駄になることはなく、一生、君たちを守ってくれる自信に繋がる」趣旨の話をしました。


 それまでも生徒の前で話をする際は、堅苦しくならないようテレビで流れているCMを引用したりしていました。ケツメイシをどれだけ生徒が知っていたのかは分かりませんでしたが、式が終わってソフトボール部のマネージャーの1人から「近くに座っている子が先生の話を聞いて泣いていました」と伝えてくれ、何人かには心に刺さってくれたようでした。


「Lemon」米津 玄帥(2018年3月)
 この曲は、3回目の北海道行き(2018年5月)で聴いていた曲で特にゴルフ場への移動の際によく流していました。
 ただスマホ内の音源が良くなく、Bluetoothで車内オーディオと繋いでいましたが、音量が小さかったため目いっぱいボリュームを上げて聞いていて、他の機器に変えた際に大音量になって慌てて音量を下げていました。


 さすがに目を閉じて音楽に聴き入るといつのまにか寝入ってしまいそうですが、どうせ明日も終日何もないので昼寝して夜起きるという昼夜逆転でも構わなさそうです。
 しかし、このような思い出に浸るようになったら、もう私の残り人生は少ないという証拠なのでしょう。



                          ^^